人気お笑い芸人なだけでなく、マラソン選手としてもご活躍中の猫ひろしさんへインタビューさせていただきました。
この世に生まれたからには、なにかを成し遂げたい。
なにかの世界でトップになりたい。一流になりたい。
多くの人間はその夢のために生き、努力し、挑戦し、あるいは成功し、あるいは挫折し。なかなか思うようにはいかないものです。
タレントの猫ひろしさん(41歳)は「昇竜拳」などのギャグがヒットし、お笑い芸人として名前が広く知られている一方、現役のマラソン選手としても活躍されています。
2016年にはカンボジア代表としてオリンピックにも出場するという快挙を成し遂げました。
お笑い芸人として売れるのも、マラソンでオリンピックに出場するのも、なかなか叶えられるような簡単な夢ではないと思います。猫ひろしさんはどうしてそんなにマルチに活躍ができるのでしょうか。
これってやっぱり、人間の努力? 人間の才能?
その道で成功するための秘訣を猫ひろしさん(以下、猫さん)に聞いてみたいと思います。
猫さん、本日はよろしくお願いします
よろしくお願いします! ニャー!
猫ひろしのお笑いのルーツを探る
猫さんはもともと、子供の時から面白くて「学校の人気者」だったんですか?
いや、全然そんなことないんです。もう子供の頃は「クラスの目立たないヤツ」ポジションでしたから。面白いことをやってるヤツらは全員、「頭に隕石が落ちろ!」と妬んでいました。
高校生の時も、文化祭で漫才をやったりとかそういうのは一切なくて。むしろ、恥ずかしくてそういうのはできない。
だから僕がお笑い芸人になったときは昔の友達とかもビックリしたんじゃないかな。
ええっ!? それなのに、どうしてお笑い芸人になれたのですか
今から話すことはただの嘘なんですけど…実は、親戚のお姉さんが勝手に応募しちゃったんですよ。
ちょっと! それ、ジュノンボーイを受賞したイケメンがよく言うヤツじゃないですか(笑) 本当にただの嘘だし。
はい。まぁ、真面目に答えると、お笑いに関しては「見ることはめちゃくちゃ好き」だったんです。大学生の時に住んでいた場所が埼玉の大宮だったんですけど、東京が近いですから。
電車の定期券を買って、ほぼ毎日のようにお笑いのライブを見に行ってました。そんな感じでお笑いに関する情熱はずっとあったし、お笑い芸人になりたいなっていう気持ちもありましたね。
本格的にお笑いを目指したのは大学4年生の春。僕は一浪しているので22歳の時かな。同じ大学の友達を誘ってネタ見せのオーディションに行ったんですよ。
見事受かったんですけど、その友達が「俺はお笑いに本気になれない」とか言ってすぐに辞めちゃったんです。
まぁ、仲の良い友達で、別にお笑いを目指しているわけでもなかったから…のちに、その彼はタイ人になりました。
タイ人になったって、普通の友達ではないじゃないですか(笑) それ、本当ですか?
もちろん嘘です。
あ、コンビを組んでお笑いをやったのは本当です。友達がタイ人になったと言うのは嘘です。
そうですか(笑)さっきから、すごいペースで虚偽の情報を混ぜてきますね。インタビューなのに。
まぁ、その後も何回か色んな人とコンビを組んだんですけど、みんなすぐにやめちゃって。ちなみに当時はすでにM-1グランプリというお笑いの大目標があったんですけど、NSCに行ってる人とかもいて、みんな漫才が上手いじゃないですか。
漫才の技術や面白さでは勝てないと思ったので、見た目で勝負をしようと思ったんですよね。僕には身長190cmの友達がいたのですが、そいつとコンビを組んだ時にはさらにロングブーツを履かせたりして。
最終的に210cmぐらいになってましたね。僕がボケると、ものすごい鋭角にくるツッコミというのがウリだったんですが、1回だけライブに出て、もう来なくなってしまって。
猫さんとコンビを組む人、みんな辞めてしまうんですね…
その身長190cmの友達は顔がロバみたいだったんですけど、それをいじられるのが嫌だったらしいんです。本当にショックを受けちゃうみたいで。
まぁ、ネタの時以外にも僕が「ロバみたいだね」って言っていたのですが、それがいけなかったのかもしれません。
(▲終始マイペースで話す猫さんの自慢は、過去にみうらじゅん賞を受賞していること。知る人ぞ知る、伝説の賞である。)
そんな猫さんがどうして、お笑いで成功することができたんですか? これが理由だ、というようなことはありますか?
うーん。僕、とにかく人の作品をめちゃくちゃ見るんですよ。お笑いだけに限らず、映画とかも「1日に4本」とか。あまりにも短時間で色んな映画を鑑賞したせいで、ストーリーと登場人物がごっちゃになっている時もあったり。
それぐらい、何かを見るということが好きだったんです。そんな中で生まれたのが「昇竜拳」と「ポーツマス」なんですよね。
(ヤバイ。何を言っているのか分からない)
これがきっかけで売れた!とか、そういうエピソードはありませんか? 人生のターニングポイントとなったこととか
マサ斎藤と戦った巌流島ですね。
めっちゃボケてくるやん!
えーとですね、売れたきっかけですよね。あの、やっぱり最初、僕は芸風が危なかったんですよ。元々、「テレビでは放映できないタイプの人」という扱いの芸人だったんです。
ところがある日、ワハハ本舗のPR番組があって。新人芸人が一発ギャグを見せる、ということで参加したんです。久本雅美さんとか柴田理恵さんが見てたんですけど。
そこで僕がめちゃくちゃウケて、ワハハ本舗の社長の目に止まったんですよね。
その社長が当時、「爆笑問題のススメ」という深夜番組にゲストで出演したのですが、その縁があって「普段テレビで見せることができない芸人」として番組内でネタをやらせてもらえるチャンスが訪れたんです。それが見事にハマって!
それからゴールデンのテレビ番組に呼ばれるようになったんですが、それがきっかけですかね。
シンデレラストーリーですね! 普段テレビでは見せることができない芸人は、テレビでめちゃくちゃウケる芸人だったと。
猫ひろしのマラソンのルーツを探る
マラソンに関してはどうなんでしょうか? 元々、そういう才能があったんですか
僕、足はすごい遅かったんです。短距離走とかはね。
ところが、なぜかマラソンだけは誰にも負けなかった。なんにも練習していないのに陸上部の人たちにも勝てちゃうくらいで。周りからは「陸上をやれ!」ってすごい言われてたんですが、卓球をやりたかったので卓球部に入りました。
そんなわけで特別、マラソンに打ち込んだという経験はなかったのですが、自分の中では得意なスポーツだったんです。
完璧に才能があるじゃないですか、マラソンの。
それで、芸人になってからTBSのオールスター感謝祭に呼ばれるようになって。
ああ、自分もこういうのに呼ばれるようになったんだな、と思っていたのですが、オールスター感謝祭には名物企画としてマラソンがあるじゃないですか。赤坂5丁目ミニマラソンというのがあって。
芸人とかタレントさんが相手なら、まず負けないなと思って。これ、絶対1位になれるって思ったら、2位だったんです。
2位かよ!!! いや、それでもすごいですけどね。
その時、エリック・ワイナイナというガチの陸上選手(銀メダリスト)が参加していたせいで負けちゃいましたね。でもかなり活躍することができたので、目立ったんです。「猫ひろし、マラソンすごいんだ」って。
その時に気がついたんですが、僕のネタって「昇竜拳」とかだから、カメラが1分ぐらいしか僕のことを映してくれないんですよね。
ところがマラソンの場合は1位でいる間、ずっと映しててくれるんですよ。ちょっとこれ、本格的にマラソンやってみようかなって。
それから、普段ふざけている僕が「実はマラソンが速い」ということがメディア的に面白かったこともあって、マラソン関係の仕事をたくさんいただけるようになったんです。
なんというシンデレラストーリー。それがオリンピック出場という奇跡にも繋がっていくんですね。
「芸人としてフルマラソンに出場して1位をとってください」という依頼もあって。コーチをつけて本格的にトレーニングするようになりました。ちなみにマラソンって、努力すればするだけ速くなるスポーツなんですよ。
正直なことをいうとマラソンは初め、好きなわけではなかったんです。ただ、間違いなく得意なスポーツだった。そして段々やっていく内にマラソンのことが好きになったということですね。
(▲リオオリンピックに出場した際の選手証。「各国の代表選手とバッジを交換する文化が流行っていて、選手間では、コミュニケーションやナンパの手段としても重宝されていた」と独自の見解を話す、猫ひろしさん)
猫ひろしが考える、人の才能とは
ここまでの話を聞いていると、やはり人間には持って生まれた才能というのがあると思います。その道で成功するためにはやはり、才能が必要なのでしょうか
努力っていうのは当たり前のことなんですよね。何かを目指す時には、みんな努力するんですよ。でも間違いなく言えるのは、見極めというのは大事だと思います。人には向き不向きというのは絶対にある。
僕の場合は短距離走が苦手だけど、練習をしなくても陸上部に勝てるぐらい長距離走は得意だった。これを才能というのかは分かりませんが、僕には長距離走が向いていたということなんですよね。
猫さんの場合、マラソンに関しては間違いなく才能があったんだと思います。練習しなくてもなぜか人より優れていたわけですし。お笑いの才能についてはどうですか? ご自身のお笑いの才能について、信じていましたか?
お笑いの才能を信じる、って…(笑)
僕の場合、信じていたというわけじゃないんですけど、一つ言えることがあって…
芸人になる前の話ですが、普通に生活をしているだけなんですよ。何も変わったことをしていない。それなのに、歩いているだけでみんなから笑われるんですよ。
見た目がこんなだから、それが、めちゃくちゃコンプレックスになってるんですよ。ただね、それをコンプレックスから別のものに変えるのって、自分がお笑い芸人になるしかないじゃないですか。自分が生きる道っていうのはこれだなって。
なるほど、非常に納得できました。ちなみに猫さんは、お笑いとマラソンの両方の才能があったのだと思いますが、自分的にはどっちの方がより強い才能があったと感じていますか?
それは、圧倒的にお笑いです。100%お笑いの人間。
僕は本質的にマラソンランナーじゃないんです。芸人が努力してオリンピックに出ただけ。芸人がたまたま、足が速くなったというだけの話なんです。
最後になりますが、この記事を読んで「自分には才能がないかもしれない」と考えている方に向けて、猫さんからメッセージをいただけませんか
そんな悩むことって無いと思うんです。「嫌だな」とか「やめたいな」って思ったら、やめればいいだけの話であって。
僕はお笑いを「嫌だな」とか「やめたいな」って思ったことがないんです。もちろん、コンビがすぐに解散したり、食えない時期とか、テレビに出れない時期はあったりして辛かったんですが、「辛いからやめる」というのはベクトルが違う話だと思いますね。
さきほどは向き不向きの話をしましたが、お笑い芸人志望の人とかを見ていても「明らかに普通の人」っているんです。
言い方は悪いですが、全然面白くない人。でも、僕はそういう人を見て「お笑いの才能がない」とは思わずに「努力が足りないな」って思うんです。
だって、なんでも考えられるじゃないですか。「これで笑わないなら、どうすれば笑ってもらえるんだろう?」って必死に考えて、普段から変な格好をするとか、努力しますよね。
これって当たり前の話ですよね。お笑いだけに限った話ではなく、どんな世界でも一緒です。
好きなうちは好きなことを続けていいと思います。そのために努力をする。
いい話ですね。とても参考になりました。本日はありがとうございました!
まとめ
インタビュー中でも隙あらば「独特のボケ」を入れてくる猫ひろしさんはさすがでした。根っからのお笑い好きというのは間違いなさそうです。
しかし、「得意というだけで好きではなかったマラソン」を続け、トレーニングを重ねてオリンピックに出場するというのは並大抵の努力ではできることではありません。
ふざけながらも、根はものすごく真面目な方なんだと感じました。
猫さんの話を聞いて思ったのは、人間には向き不向きはあるけれど、それは才能とはまた違うものなのだと感じます。努力をしなくても人より長距離走が速かった。何にもしていなくても、ただ生活をしているだけで笑われる。
一見、これは才能のようにも思えますが、これは猫さんが持っていた個性の話。猫さんは自分が持っている個性を最大限に活かすための努力をしてきたからこそ、仕事として成功し、様々な道で活躍することができたのでしょう。
この個性のことを才能と呼び、「自分には無いものだ」と夢をあきらめることは簡単かも知れません。しかし、もしもその姿を猫さんが見たとしたら、おそらく「努力が足りないだけ」と言うことでしょう。
真の才能とは、持って生まれた人間の能力や個性などではなく、「自分が好きでやりたいことのために、努力を続けられる力」なのかもしれません。
<取材/文 竹内紳也>
<写真 永田優介>
猫ひろしさんの公式ホームページはこちら
https://neko-hiroshi.com/